ハレルヤ! あお です (๑˃̵ᴗ˂̵)و ˚✧₊⁎
私は しばしば
(しば犬が好き。+゚ U。・x・)ノ ゚.+:。)
思うことがあるんですネ …。
それは、
ただ
“愛して いる”
という
ただ
“それ だけ”
で
生きられたら…(いいのにナァ)
って。ヽ(・∀・)ノ゚*:.。
これは、どういう境地かというと、
『愛されたい』とか『愛したい』とかいう
一種の我欲も無ければ、
『◯◯でなければ、愛されない(だろう)、だから◯◯でなきゃ』という焦燥感も無いし、
『(いつか)愛されなくなるかもしれない』とか『(きっと)愛はないだろう』とかいう、恐れやさみしさも無い
という世界、
です。
しかし、無くてはならぬものは多くはない。
いや、ひとつだけである。
ルカによる福音書 10:42
これは、私が好きな聖句のうちの1つです。
物事の本質をつく、生の本質をつく
聖句だと思います。
(聖書の中はそういうものばかり。)
また、こういう聖句もあります。
このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。
このうちで、最も大いなるものは愛である。
コリント人への第一の手紙 13:13
ほぉ~(´∀`*)
(‘ このように ’が‘ どのように ’かは、
ぜひ検索してくださいネ)
【いつまでも続く】ものの中で、
【最も大きい】ものが
“愛”
ということは、
これ(愛)さえあれば、
“最強!!”
ということですョね!! ヽ(・∀・)ノ゚.。:*+゜゜
(もっといい表現がないのが残念…|・ω・`))
“いつまでも続く最も大きな愛”
が 自分の中にありさえすれば、
その人はきっと
{いつまでも存在する、
(ある意味で)偉大な}
そういう人になるんじゃないですかねぇ。。
今日はなんだか
つぶやきみたいな記事になりましたが
まぁ、こういう日もあるョネってことで。
(*・∀・)ノ。:.゚アンニョン*