スポーツセンス

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ハレルヤ! あおでふ (๑˘ ³˘๑)~•*♪
 
 
昨日、バスケの試合を見てきました。
 
あおは、中高バスケ部でしたが、
自分がポムポム(…(-∀-`)?)することが楽しかったわけで、
スラダンも読み込んでないし、
テレビで試合観戦するとかもしない子でした。
 
なので、ちゃんとプロの試合を見たのは
初めてなのですが、
 
面白かったです。ヽ(・∀・)ノ♪* 
 
 
小5くらいにバスケを好きになって、
小6のクラブ活動はバスケにして、
中高も他は見向きもせずにバスケ部に入ったあおですが、
その頃の座右の銘は
“好きこそ物の上手なれ”
でした*♪
 
が、しかし、、、
 
 
高2までバスケをやって思ったことは、
[好きかどうか] よりも
【センスがあるかないか】
じゃないか? ということですた…(。-ω-)フム
 
 
なぜって、地道に練習してた人(←あお)より
練習してないであろう人の方が
上手かったりしたからです。
 
練習(言わば努力)がモノを言う部分も確かにあります。
(フリースローとか)
 
 
でも、【そうじゃない部分】が確かに存在しているということを感じるしか無かったのです…!!
 
無かったのです…!!! (*゚ロ゚)
 
 
そんなこんなで、
“自分のバスケ”に興味を失った大学以降は、
 “お遊び” 
でしかバスケをする気が起きない あお なのでした。(。-ω-)フム
 
 
さて、
この “センス” というのは、言うなれば、
神様がその人に、
【持って生まれるようにしてくれた個性】
でございマス˚✧₊⁎
 
 

霊の賜物は種々あるが、御霊は同じである。
務めは種々あるが、主は同じである。
働きは種々あるが、すべてのものの中に働いてすべてのことをなさる神は、同じである。
各自が御霊の現れを賜っているのは、全体の益になるためである。
コリント人への第一の手紙 12:4-7

  
 
これは、直接的に先天的な個性について述べられた聖句ではありませんが、
  
神様はお一方(オヒトカタ)でありながら、
人間には、各自に異なる(様々な)賜物をくださっているという内容になっていますね。
 
 
【持って生まれたモノ】は、
他の人が努力したところで敵わないもので、
逆に本人としては、もっと楽に簡単に
どんどん次元を上げていける、
そういうものです。
 
 
大事なのは、というよりは盲点なのは
{自分が好きなものとは限らない(一致しないことがある)}
ということですね。
 
 
学生が就活する時も、
“自分が何をしたいか、好きか?”
を基準にする人が大半ですが、
 
それよりも
 
“自分のセンスが輝く分野はどれか?”
ということが、もっと大きいわけです。
 
なぜなら、その
【持って生まれたモノ】は
“全体の益になるため”(↑さっきの聖句)に
神様がくださったものだからです。
 
その力を惜しみなく発揮するとしたら、
社会で活躍しないわけが ありませんヨね??
╭( ・ㅂ・)و̑ グッ
 
 
就活する時になってから、
自分の抜きん出たセンスを
あたふた探すと時間が足りないので
早いうちに! 
あたふたすることを
オススメしますヨ。ヽ(-∀-`)˚✧₊
 
 
以上、
なんだか就活アドバイザーみたいになっちゃった 
あお でした。ヽ(・∀・)ノ♪* 
 

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